ちょっと調べ物があって病院関連のサイトをサーフしている時、なぜか子育て支援の掲示板にたどり着いた。
ちょっと興味が沸いたので色々と読んでいたのだけど。
とあるママが書き込んだちょっと古めのスレッドを見て、?という感じになった。
そのママは熱が下がらない子供の病状が心配だった様子で、
「そんなに心配しなくても大丈夫だ」
とか
「子供は熱を出すものだと思いなさい」
と答えている(自称)先輩ママ達に、
その新米ママはママで、
「何度までなら普通なんでしょう」
とか
「こういう熱ってなんという名前の病状なんですか」
と聞いている。
僕は微妙に違和感を覚えた。
確かにネットは便利である。
調べ物には持って来い。
状況があえば意見だって求めることも可能だ。
けれどもしかし、それには限界もあると思う(…少なくとも現状では)。
子供が熱を出したからといって、いちいち病院にいくわけにもいかないかも知れない。
ひょっとしたらこのママはシングルマザーでままならぬ事情があるのかもしれない。
でもだからといってネットで聞いたって単なる気休めにしかならない。
子供が心配ならやっぱり病院に連れていくべきだと思う。
行ったら行ったで病院の先生に「いちいち熱が出たくらいで来るんじゃない」と怒られるかもしれない。
「それくらいで病院に来られたら迷惑よ」
と答えている先輩ママというより肝ったまかあさんもいたけれど…
でもそれはそれでいいのではないかと思う。
叱られたって、ついでに色々と聞いておけばいい。
別段命までとられるわけでもない。
それで子供が熱を出すメカニズムや状況を知ることもできるだろう。
「オークションでこんなもの買ったんですがどうでしょう?」
と聞くのとは訳が違う。
関係ない話だが僕は「セブン」という映画が好きだ。
あんなサイコパスシリアルキラーの話がどうした、と思われそうだけど、厳密にいうとその中のワンシーンがとても好きなのである。
主人公のブラッドピット演じる刑事の妻であるグィネス・パルトロウは妊娠した事を夫には告げられず、悩んだ挙句モーガン・フリーマン演ずる夫の同僚の刑事であるに相談する。
「この殺伐とした世の中で子供を産むことがとても不安だから産もうかどうか悩んでいると」と。
フリーマンはいう。
「確かにこんな時代に子供を辞めておいた方がいいかもしれないね。」と。
そしてこう続ける…
「でももし産むのなら思い切り甘やかしてやれ。」
僕はこの映画の台詞にとても感銘を受けた。
当時はまだ子供もいない独身時代だったのだけど…。
非常に好意的な解釈ではあるけれども、僕はそのとき、子供が出来たら思い切り甘やかしたいと思い、今もそのつもりで子供達と接している。
ただ、甘やかすといってもそれは、「子供が欲しいと思ったものを何でも買い与える」とか「小さい子同士の喧嘩で親が出て行く」というのではない。
今回の「子供が熱を出した」みたい時にこそ過保護ぶりを発揮して思い切り甘やかしてあげるべきではないものだろうかと思う。
残念ながら平和であるはずの日本も今や殺伐としているようにしか見えない。
世の中で起こる沢山の悲しい出来事も、コミュニケーション不足から来ているのではないだろうかと、何となく考えてしまう時代である。
だからこそ、そんな時代だからこそ少なくとも子供には自分の為に必死になってくれている親の姿をみせてあげるべきではないだろうか。
そしてそれは子供にもおぼろげながらわかるのではないだろうか。
大人だって病気の時は心細いものだ。
子供ならより一層だろう。
夜中にうなされ、怖い夢をみて泣いている子供が起きた時、自分を抱きしめてくれる人がいるというのは、多分どんなに大きなプレゼントにも勝てない贈り物であり、愛情であると思う。
…とまぁ偉そうなことを書いてみたものの、一番問題なのは、